小山市の概要
小山市は、栃木県第3の都市であり、人口は約16万人です。市域は、栃木県南部に位置し、市の中央を渡良瀬川の支流である思川によって東西に二分され、
西の低地には水田地帯、東の台地には、畑作地帯、住宅地、商業地、工業団地が広がっています。
市の南北に東北新幹線、東北本線(宇都宮線)、国道4号が通じ、東京方面からの北関東の玄関口となっています。また、東西に両毛線、水戸線、国道50号が、市東部に国道新4号が走り、交通の要衝、農業集散地になっています。
小山のあゆみ
小山市の西部、洪積層の台地から約40万年前のものとみられるナウマンゾウの歯の化石や約3万5千年前のものとみられる石器が発見されています。また、市東部の寺野東遺跡からは、約4000〜3000年前の縄文時代中・後期の水場や巨大な環状盛土の遺構が発見されており、当時から人が定住していたことが確認されています。
また、北部にある琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳は、栃木県内で最大規模の前方後円墳として知られ、小山が古代下野国の中枢部に位置していたことがわかります。
鎌倉時代から戦国時代にかけて、鎌倉幕府の有力武家、藤原秀郷流小山氏の居城、祇園城の城下町として発展しました。戦国期以降、小山氏の勢力が弱まり、江戸時代初期には、本田正純が祇園城に入城、間もなく宇都宮城に転封し、祇園城は将軍日光参宮のための休憩所「小山御殿」として使われました。この頃の小山市域は、日光街道の宿場町として、また、江戸川に通ずる思川の舟運によって栄えました。
明治時代になると東北本線、両毛線、水戸線の各鉄道が開業し、物資の集散地として発展を遂げるようになりました。明治22年(1889年)には、町村制が施行され、下都賀郡小山町が誕生しました。戦後の昭和29年(1954年)に小山町と大谷村が合併して小山市が誕生、以後、周辺の間々田町、美田村、桑絹町を合併して、昭和40年(1965年)に今日の小山市となりました。
現在、国道4号線、新4号線、50号線の幹線国道とJR東北本線、東北新幹線、両毛線、水戸線とがそれぞれ東西南北に走り、陸上交通の要衝として、また、工業団地や住宅地が次々と増え、栃木県下第3の都市として躍進を続けています。
小山の名前の由来
地名の由来については、諸説がありますが、思川西部の低地から臨むと東部の台地が小さな山の形をしていることからといわれています。
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小山市立博物館 |
| 住所: |
〒329-0214
栃木県小山市乙女1-31-7 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0285-45-5331 |
| 開館時間: |
9:00〜17:00 |
| 休館日: |
毎週月曜日(祝日の場合は除く)、祝日の翌日(その日が日・土曜日に当たる場合は除く)、館内整理日(毎月第4金曜日)、年末年始(12月28
日〜1月4日)、特別整理期間(年1回、10日以内) |
| 入館料: |
無料(企画展開催時は有料) |
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